どうする家康 第7回「わしの家」

松平元康の名前から今川義元の「元」の偏諱を外して新しい名前を考える元康…。

そんな元康に、「泰康(やすやす)」が良いと言う瀬名…その瀬名とアツアツな元康は名を家康と改める。

そこへ、水を差すように、織田信長&木下藤吉郎から「おみゃーのところは叛乱を企んでおるヤツがおるで…それを片付けずに三河は家とか何を言うとりゃーす」と釘を刺される。

そこで、元康は、叛乱勢力への軍事攻勢を考える…。

しかし、老後の資金がありません…否…松平家には軍資金がありません!

その頃、三河国内の一向宗の話題が松平家の女たちの間で、とってつけたように出て来る…。

本証寺へは、イケメンとの出会い目的で通う女性も多いらしいと聞き、瀬名も於大に誘われるままに本証寺へ向かう。

一方、家康も財力のある一向宗が気になり本証寺へ出向く。

空誓の本証寺は、シャングリアのような外観(笑)で、領主からの不入権を有し、門徒からの寄進や商業活動で、それはそれは賑わっておりました。

なんか時宗の踊念仏みたいなこともしてたけど…(笑)

空誓と対話し、相容れないことを感じる家康…。

やがて、家康の配下が一向宗寺院から兵糧米を強制的に奪ったことから一向宗と松平家は完全に対立して行くのだった…。

それにしても…当時の本証寺に阿弥陀堂は無いの?…(笑)

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